本部(東京)/国際交流/東京大学(東大国際センター部会)


留学生たちから学んだこと

東大部会 塩見信太郎(三井住友海上OB)

筆者(左)と留学生の楊さん

学生時代語学が苦手であったのに、40歳を過ぎてから海外駐在を命じられた。苦労もあったが、異国の人々は公私を問わず助けてくれた。来日する外国人に少しでも恩返しがしたいと思い、3年前三井V-Netに登録したところ、これまで3人の貴重な友人を得ることができた。

最初の友人は、台湾から来た陳さんという甲骨文字の研究員だった。流暢な日本語を話すので「私と話す必要があるの」と聞いたところ、 「同僚の日本人は皆中国語を話すので日本語をもっと話したい」とのことだった。孤立語である中国語が母語である彼にとって、膠着語である日本語の助詞や語形変化はやはり難しいらしく、会話を楽しみながら多少の手助けは出来たように思う。彼の悩みは帰国後の就職のことであった。三重大学の特任准教授の紹介があったが年度更改のうえ給料も安いのでどうしようかと相談され、「日本の大学で教員としての実績を積むべきではないか」と助言した。昨年末、台湾の名門私立大学に正式採用されたとのメールが届いたときは、我がことのようにうれしかった。「同僚の日本人は皆中国語を

二人目の友人は、楊さんという台湾大学の大学院生で、稲のゲノムについて研究していた。日本文化に興味があり、ご朱印帳をもって都内の寺社を回ることを楽しみにしていた。春には本郷から歩いて上野に行き、満開の桜を二人で堪能した。昨年6月に帰国した彼は今兵役に就いているはずであり、無事終えることを祈るばかりだ。

三人目の友人は黄(ファン)さんという韓国の延世大学の学生で、専攻は国際政治学だった。日韓関係がぎくしゃくしている昨今、政治問題を話題にするのは避けるべきと思ったが、レポートの日本語のチェックを頼まれるうちに自然に語り合うようになった。意外なことに、多くの韓国人が、戦後の日本外交はしたたかであり韓国は外交ベタであると思っているとのことだった。言われてみれば、日本は米国や中国に外交において振り回されてきたが、結果的になんとか実益を確保してきたことも事実である。譲歩しつつも対話により問題を解決していくことの重要さを、これからも日本は忘れてはいけないと思った。2月に帰国した彼は、今頃は就職活動に頑張っているはずだ。

東大は東京国立博物館のキャンパスメンバーなので、留学生も無料で入れる。彼らと訪ねたところ皆喜んでくれた。その縁で、今年4月から同館のボランティアを始めた。常設展にはたくさんの外国人が来ているが、職員や日本人来館者はあまり話しかけない。ボランティアの一言が、日本文化に関心を持つ外国人に良い思い出を作ってもらうことになるのではないかと思う。そのためには、日本美術の勉強をし、それを簡単な英語で説明できなければならない。今年66歳になったが学ぶことに際限はない。その意欲を、3人の若い留学生の友人たちは与えてくれた。




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