〜あの留学生は今〜

卒業留学生たちは今

2021年2月
一橋大部会 武内克彦(三井物産OB)

私が一橋大部会で交流した学生は、一人を除いて消息は分かっていますが、コロナの関係でこのところほとんど連絡はとっていません。 わかっている範囲で彼らの近況をご報告します。

1.Aさん

中国人、女性。卒業後タイヤメーカーに就職し兵庫県の本社勤務中。 卒業後結婚し(上海での結婚式に招かれ私も出席)現在大阪府高槻市に在住。 関西に旅行した際は都合が付けば面会しているも、コロナのためこの2年ほどは会っていない。適宜メール連絡中。

2.Bさん

韓国人、女性。卒業後損害保険会社に就職したが、家庭の事情で退職し帰国。 年2、3回はメールで近況報告を取り交わしている。

3.Cさん

中国人、女性。卒業後コンサルタント会社に就職したが、その後連絡取れず消息不明。


交流相手同士が結婚

2021年2月
東大柏部会 大格登(東洋エンジニアリングOB)

左から:さん、大格さん、趙思嘉さん、夏一鳴君
(2015年4月撮影)

今年元旦のうれしいニュースは2019年12月に東大柏で博士号を取得して、現在は上海の某大学で研究生活をしている趙思嘉さんからメールが届いて、家内への病気見舞いとともに、本年2月夏一鳴君と結婚する予定だと知らせてくれたことです。

夏一鳴君も東大柏に留学し、小生の一対一交流の相手で、かつ、趙思嘉さんの友人で好感の持てる青年でしたが、修士課程の途中で(2016年夏?)帰国し、東大に戻って来なかったので音信不通でしたが、安堵しました。ご参考迄に2015年4月環境棟前で撮影された写真を添付します。


あの留学生は今

駒澤大学部会 会員 高橋由美子

2020年に続き2021年も各大学とも留学生を受け入れることができず三井V-Netの活動もなかなか軌道に乗らない今、既に卒業した留学生の心の中で私たち三井V-Netがどのような位置をしめているか、またその後彼らはどうしているのか。

「あの留学生は今」として、三井V-Net事業団のHPに掲載したいとの事務局からの呼びかけを受け、私は2009年に中国華東師範大学から駒澤大学へ留学生として来日、1年間交流をした「ヨウ思民」君に今回の企画内容を説明したところ、快く賛同してくれて早速、下記のような寄稿文を送信してくれました。

寄稿文に掲載されているように1年間の留学生活を十分に活用して、現在につなげている様子がよくわかります。中でも「忘年交」という麗しい中国の言葉をひいて、私たちに贈ってくれているところが素晴らしい青年に成長されたことをものがたっています。

ヨウくんが新婚旅行で東京に来たときは奥様にお会いしていますが、奥様も日本に留学をされた経験を持つ方で、とても可愛い奥様です。

ヨウくんからは、留学時代のヨウくんと私たちのスナップや卒業後日本に来日した折に撮った駒澤大部会会員の国光氏とのスナップ、ご家族との最近のスナップ等も送信してくれました。

【ヨウくんからの寄稿文】

投稿者:Yao Simin(ヨウ・シミン)
出身地:中国・上海
留学期間:2009−2010
担当者:高橋由美子先生、国光史朗先生
作成期日:2021/02/13

以下本文:

交換留学を終わって、帰国して十年が経ちました。
投稿募集を見て、「光陰は矢の如し」という言葉を改めて感じました。
人の一生の中で「十年間」と区切れば確かに幾つかしかないものです。
この十年間の変化をふりかえってみます。

十年間の変化

過去十年は私にとって、家庭も事業も順調、充実した十年間でした。

2010 日本留学終了、帰国
2011 大学卒業、就職
2014 結婚
2015 中国公認会計士資格獲得
2016 長女誕生
2018 現会社に転職、不動産ファンド管理

「三十にして立つ」、現在は夫、息子、父親、会計士、チーム責任者の身分を負いながら、忙しいサラリーマンの日々。幸せも成功体験も豊富になった。家族の笑顔を見た時、難攻不落の任務を遂行した時、上司と部下から「ありがとう」って言われた時。悩みもいろいろあり、夫婦関係、子供教育、仕事任務、自己発展、等々。もっかの最大の悩みはこの10年で額がどんどん後退していったことだ。

十年前、あの留学生

日本への留学は初めて両親から離れ、独立生活でした。 新生活への憧れと興奮が不安感を遥かに上回り、学業、アルバイト、旅行等、いろんな活動でいろんな人と出会い、夢のような素晴らしい一年間でした。若者とパーティーとかで狂うよりは、お茶飲みながら好きな本を読むのが自分の性格に向いているので、三井V-Netの活動に興味深く、積極的に参加していた。

中国では「忘年交」という言葉があり、年齢を忘れた友情ということで、まさに三井V-Netで実現できた。

「人生大先輩」の皆様と日本語の勉強、日本文化の解説、家族イベントの招待等を通じて、日本の物事をより深く体験することができて、精神面でも栄養を一杯吸収した。

職業事業には学力と専念、人と交流には誠実と包容、困難挑戦には楽観と根性。十年前に勉強になったこと、今でも心に刻まれている。

2009/7高橋家のホームコンサートに参加して 2015/4 駒大部会会員国光氏とヨウくん 

最近の感想

留学時代ではグローバリゼーションがメインメロディーでしたが、近年ではポピュリズムが台頭し、コロナもそれに拍車をかけた。世界が激変している中、「変わる」こと自体は唯一の「変わらない」こととも言えるだろう。

不動産ファンド管理会社で会計として働いているが、以前旅行産業の高騰に伴い、ホテルやリテール等物件への投資はブーム期となったが、コロナ以来は一転した。ホテルは「危」となった一方、インターネット産業に関連する物流施設やデータセンターへの投資は「機」を迎えている。「危機」という言葉には「危」と「機」は併存し、危険から機会を発見し、行動に移す者は勝。

2018/10 中国 海南 家族旅行

一年前から日本への出張は止まっていますが、日本で桜と友人達と再び会えると信じている。
では、また。

【ヨウくんからの寄稿文を読んでの感想】

忘年交という言葉を私たちに贈ってくれたことを思うと、私たち日本が奈良、平安の昔に学んだ中国がこの若者の中に健在だと思いました。   そして三井V-Netの活動が相互尊重の国の関係を築く一翼を担っていると確信しました。   私の人生二幕目に大きなステージを与えてくれた三井V-Netに幸あれ!!

三井V-Netに集う万年青年のみなさまと一緒に、世界から集う留学生がはばたくためにこの活動をひろげていけたら素晴らしいことだと思います。

以上


あの留学生は今

駒澤大学部会 会員 高橋由美子

2011年4月、中国東華師範大学から駒澤大学に留学生の湯(トウ)ブンさん(女性)が来たときには、彼女はお化粧もしていなくて純朴そうな学生さんでした。

日本語検定試験1級を満点通過した学生です。大変な努力家で優秀かつ上昇志向もある学生で日々勉学に励んでいたことや休日等を利用して一緒に名所旧跡の見学や歌舞伎などの古典芸能の鑑賞をしたことを懐かしく思い出します。

卒業後は、自らのキャリアを積み重ね、いまや殻を割って自信にみなぎり自己を確立しています。うらやましいと思います。

2018年には私が所用でニューヨークに行った時に米国にいた彼女に連絡しましたら先輩の朱さんと一緒にアムトラック(全米旅客鉄道)を利用、2時間もかけて会いに来てくれました。

まさか日本で交流した中国からの留学生とニューヨークで会えるとは思いもしなかっただけに本当に嬉しく感動したことを昨日のように思い出します。

このように湯さんとは卒業後も交流をして来ましたので今回の「あの留学生は今」の企画を連絡、説明したところ、心よく近況を寄せてくれましたので紹介させていただきます。

【湯 ブンさんからの寄稿文】

2011年に駒沢大学に交換留学したトウブンです。来日当初から三井ボランティアの皆様に大変お世話になりました。富士山、歌舞伎などを含め、三井ボランティアの活動で留学生活が充実したものになりました。特に高橋さんが家までお招きいただきました。最上さんから日本語をお教えいただき、日本語能力試験で満点を取りました。佐藤さんからギターのこともいろいろ勉強しました。今思えば、三井ボランティアの皆様が家族のように暖かく私に接してくれました。私にとって、すべてがかけがえのない思い出です。

留学生活を終え、私は大学に戻り、2013年に卒業しました。卒業後、みずほ銀行中国で勤務しはじめました。その中、たくさんの友達ができ、金融についてもより深く理解できました。

それに伴い、専門知識の不足に痛感し、自分もまた勉強しつづけなければならないと考え、アメリカの大学院に応募しました。2016年にワシントンの近くに位置するメリーランド大学に合格し、数理ファイナンスの修士として、再び留学生活を開始しました。日本での留学生活と異なり、高額の学費、就活のプレッシャー、そして、山積みの課題。それらと戦う中で、自分を磨き、2018年に卒業しました。高橋さんと一度ニューヨークでお会いすることがあり、同じ駒沢大学の交換留学生の朱慧さんとご馳走していただきました。

卒業後、運良くメリーランドのあるコンサルティング会社で、金融リスクモデル構築に携わりました。2020年年初め、ある証券会社に転職し、コロナ禍が勃発した後は家で勤務してきました。 去年勤務する会社がモルガン・スタンレーに買収され、今年4月からモルガン・スタンレーの従業員になります。また、2019年に結婚しました。相手は同じ中国人です。

駒沢大学に交換留学してから、間もなく10年になります。この10年間の中で、日本での一年間が皆様のおかげで、とても楽しく、豊かに過ごしました。今でも三井ボランティアの皆様に感謝の気持ちがいっぱいです。機会があれば、また来日し、皆様とお会いすることができればと思います。このコロナ禍、どうかご自愛ください。

2019/11 プラハにて2020/12クリスマス祝い

【湯さんの寄稿文を拝見して あとがき】

私たちがお世話した若者が思った以上にみんな三井V-Netを懐かしみ感謝してくれているのがうれしいです。

これからも 三井V-Net に所属させていただいて、若い人たちに英気をもらうことができたらこんなにうれしいことはありません。

以上


あの留学生は今

駒沢大学部会 会員
横山 美代子(三井物産OG)

2015年に駒澤大学に留学してきたフランス人ジェニファーヴィダルさんのことを書いてみたいと思います。

彼女は来日当初から三井ボランティアの活動に積極的に参加して「江戸東京博物館着物体験会」や「茶道体験や浴衣会」の企画や準備を手伝ってくれました。

お祭りに参加

勉強の合間を縫って「歌舞伎」や「文楽」や神社のお祭りなど季節ごとに多くの伝統行事を楽しみ、1年の留学期間が終了した時には「帰りたくない!絶対に再度来日する」と言い残してフランスに帰国しました。そして翌年には「ワーキングホリデービザ」を取得して再び東京に戻り、はやりの民泊で部屋を決めてすぐにフランス語講師の仕事を始めました。休日には御朱印帳片手に観光し、日本語の勉強も忘れずN2の試験に合格し、働きながら日本での滞在を満喫しました。

こうして彼女と駆け抜けた2年間は、私にとっても「楽しく充実した忘れがたい大切な思い出」となりました。しかし、彼女とは「これでお別れ」というわけではなく「次は地方都市での暮らしを体験したい」と言って帰国後に「JETプログラム」に応募し、幸運にも高知県須崎市役所での仕事を得て再再度の来日を果たしました。

ジェニファーさんの名刺

市役所では「フランス料理レッスン」を企画し、広報で募集するとすぐに満席になる人気のクラスになりました。今はコロナ禍で休講を余儀なくされていますが、写真を見ると「グラタン」や「ガトーマーブレ」は、とてもおいしそうで、私も習いに行きたくなりました。彼女は翌年にはパリに出張して「JAPAN EXPO」という、現地の日本ファンのための大規模イベントで通訳としても活躍しました。

多くの応募者の中から選ばれた2名のフランス人女性が来日した際には、国の重要文化財に指定されている鳴無(おとなし)神社を案内し、昼食時には鰹(かつお)をさばいて、燃え上がる炎で焼いて食べるという珍しい体験ツアーの案内を担当しました。 このような体験型観光を通して街の魅力を世界に発信することもジェニファーの大切な仕事の一つになっています。須崎市は日本人でもその名前を知らない人が多い地方の小さな街ですが、海や山が近く、人情に溢れ、隠れた魅力がいっぱいです。

私も一度は訪れてみたいと思っていますが、皆様も「三井V-Net駒沢大学部会で交流をした留学生が活躍する」高知県須崎市へのご旅行を計画されてみてはいかがでしょうか?


(2018-8-19 高知新聞に掲載されたヴィダル・ジェニファーさん)


赤い結婚式

2021年2月4日

東大部会 北脇泰登(三井物産OB)

2014年7月から2015年9月の東京大学大学院卒業まで、FACEの紹介で、中国珠海市出身の卓展韜様と楽しく一対一交流をしました。2015年10月に彼は中国へ帰国して、就職をした後も交流を続け、珠海に夫婦で何度か訪問をしていました。

珠海市は、広東省南部にある人口150万人の近代的な都市で、マカオに接し南シナ海に面した温暖な気候の街です。熱海市との友好都市で、海鮮や果物がおいしいリゾート感覚溢れる街です。市内には新幹線の駅やジンベイザメが3匹泳ぐ世界一の大水槽がある水族館があり、パナソニック、ダイキンなど日本企業が工業団地に進出している街でもあります。

2018年10月に卓様と周様が婚約旅行に来日し、熱海の伊豆山神社や箱根芦ノ湖などを案内し、2019年春に結婚式の招待を受け、夏に動画の招待状を受け取りました。

2019年9月13日に羽田空港を出発し香港島で宿泊しましたが、香港民主化デモがあちこちで多発しており、14日急ぎフェリーで珠海に入り、湖南の赤いザリガニ料理を頂き、15日にバルセロナや日本から駆け付けた卓君の友人達と前夜祭をしました。

9月16日の結婚式の朝、「新郎が新婦を自宅に出迎える式」に立ち会いました。前夜祭の友人達が黒いサングラスと黒い服とを着て、赤い中国服を着た卓君を盛り立て祝います。その後、黒塗り6台の車に分乗して花嫁宅に向かいましたが、撮影車がビデオを撮りながら前後を追随し、交通渋滞を起こしながら花嫁宅に到着しました。花嫁宅では玄関まで赤い絨毯(じゅうたん)が敷かれており、花嫁友人達が新郎を取り囲み家に入れません。新郎から花嫁友人達に赤いご祝儀袋が沢山たくさん配られ、やっとのことで家に入り、新婦の部屋に隠された靴を見つけだし、赤いチャイナドレスの新婦とキスをして一段落です。

その後、広い応接間で、新婦のご両親に二人がお礼の言葉を述べた後、次から次へと花嫁へ親戚の方々から金のネックレスや腕輪が贈られました。

新郎宅の玄関にも赤い絨毯(じゅうたん)が敷かれ、赤い紙吹雪で新婦を迎え、新郎新婦が揃って玄関の仏壇の前で一礼して、新婦側から赤いボストンバックに入った大金や品物が渡されました。その後、新郎の両親に二人で挨拶をし、今度は新郎の親戚から花嫁に金のネックレスや腕輪が次々贈られ、花嫁はほほ笑みながらお礼を述べていましたが、お辞儀のたびに重そうでした。

インターコンチネンタルホテルにあるメインの400人収容の大宴会場に、樹木と花で飾られた舞台が中央に設置され、40テーブルが両脇に配置され、海外や中国全土から集まった方々が着席されて結婚式が始まりました。

来賓挨拶、新郎新婦から両親への花束贈呈と新郎挨拶が始めにあり、各テーブルに子豚の丸焼きが40頭運ばれて宴会開始です。次から次へと料理が運ばれる間に、われわれ夫婦も新郎新婦から「東京でお世話になった先生」と紹介され大きな拍手を受けました。

花嫁は白いウエディングドレス、新郎はタキシードでしたが、参加者にはTシャツ姿の友人やスーツ姿、年配者は中国服の方もおり服装はまちまち、お酒が入りワイワイとなり、ひとしきり食べ終わるとそれぞれ勝手に帰って行きました。日本のように、新郎新婦が両親に花束を贈り、感謝の言葉を述べてお開きとなることはなく自由解散方式でした。

9月17日に、卓様の友人達と「赤い結婚式」の余韻を楽しみながら、珠海から香港まで55qの新設された「港珠澳大橋」を専用バスで渡り、香港市内の民主化デモ騒ぎに巻き込まれることなく、無事に香港空港から羽田空港に戻りました。

昨年秋、卓家に息子様が誕生し、卓様は「中国と日本の懸け橋になる」と張り切って深で働いています。新型コロナが落ち着いたら、また珠海を訪れて卓様御一家との交流を深めたいと思っています。孫のような卓様の息子様の成長が楽しみです。