■ 会員便り

ボランティア仲間金ヶ江橘郎さんのご逝去を悼む

若林茂男(三井住友海上OB)

金ヶ江さんがこの2月に亡くなられました。小生がお付合いを頂いた期間は10数年にもなり、三井X-Netのエリザベスサンダーホームの庭仕事、由比ヶ浜や多摩川河川敷の清掃、横浜国大留学生との交流活動、更にはメンバー親睦の日帰り旅行での金ヶ江さんのお姿が、今もありありと思い出されて来ます。

隔月行われるエリザベスの広い庭の清掃活動では、80才を過ぎても背筋をピンと伸ばし率先して清掃作業をされ、終了後の昼食会では焼酎をうまそうに啜られ、季節毎の長老挨拶では、メンバー相互の融和と一期一会のお付合いを熱っぽく語られていました。二次会にも先頭を切って参加、酔うほどに怪気炎を上げ故郷の佐賀弁で取り巻くメンバーを煙に巻いていました。事務局(三井X-Net)にも以前は度々顔を出され、元理事長の宮沢さんには過って、“君は酒を飲むために活動に参加しているのか、それともその逆か?”と質問されたとか、その顛末をお聴きしていないのが残念であります。

そうです、同ホームの創設者澤田美喜“イズム”の啓蒙(?)にも努めておられた。

多摩川河川敷や由比ヶ浜の清掃活動でもスタンスは変わらず、作業開始前に旨そうに煙草を吸っておられた姿は一幅の絵でありました。帰りの電車の中では度々、会社時代のお話をお聴きしましたが、主に同僚仲間との飲み会にまつわる話でありました。

横浜国大留学生との一対一交流活動にも参加され、得意(?)の日本語を駆使して、韓国や中国の留学生(女性が多い)を相手にトクトクと日本文化や特に礼儀作法について薫陶を垂れられていました。そして、エリザベスの清掃活動にも留学生を同行され、ご満悦で活動と昼食会を共にされていました。金ヶ江さんの遠いご先祖の血(?)がと思う心配りでもありました。

金ヶ江さん、いやはや長年に亘り、楽しい雰囲気を我々の活動に注入し続けて頂き、有難うご座いました。今後も皆で、金ヶ江さんが敷かれた一期一会の精神を引継ぎ大切にして、活動を盛り上げて行きたいと思う次第です。

合掌

(サンダースホームにて 故金ケ江氏)(サンダースホームにて 筆者若林氏)

The sooner, the better

最上 徹(日本製鋼所OB)

「定年になってやることが無くなったらボランティアでもやって暇つぶしをするか。」

長年の勤務生活を終えて定年を迎えた人や定年満期が近い人などから良く聞く言葉です。では通常軽い意味で使用される「ボランティア」とは一体何のことでしょうか。この変な日本語は会社仕事からは自由になったがまだ元気のある人が、やむを得ぬ親の介護など以外の自由時間に自主的意思で趣味道楽などを気ままに勤しむこと、というようなところが現実的理解でしょうか。

確かに今時の定年退職者は、馬車馬の如く世界を股にかけて自己犠牲も厭わず働き続けて定年でやっと長年の苦労から解放さるのでしょう。もうこれ以上の束縛や責任からは自由になって穏やかな坂道を下るように悠々自適に生活するという考え方が順当のように聞こえます。

でもわたしはそんな安易な考え方には素直には同調できないのです。近年は企業でも単に収益を上げるだけでなく社会的責任(Social responsibility)が求められる方向に急旋回しています。それは企業だけでなく定年後人間にも同様に求められる責任と考えます。

では具体的には何をどうしたらよいのでしょうか。青少年の国際親善促進、病人の介護活動、災害罹災者の支援活動、自然環境保護活動、文化、芸能、スポーツなどの振興、など枚挙に暇がありませんがいずれも非営利的とはいえ退職者でも健康でさえあればかなりの程度まで可能なことばかりではないですか。

基本はガッテン。でもここで大事なことは、実際定年になったらまずは骨休めをして閑になったらゆっくり動き出そうという考えはでは大抵失敗するということです。自転車に乗っているのと同じで急に止まったら大抵ひっくり返ってしまいますし、助走が無ければ走り出せません。定年の時期は予知できるのですからひっくり返る前に兎に角動き出すことです。こんな状況に有る皆様に多角的に援助するのが「三井ボランティアネットワーク」です。必ず何かうまいものが見つかります。

電話一本で事は動き始めます。「The sooner, the better」です。



はじめての手話教室 (2015年4月)

登録会員(桐朋学園大学卒業)森本舞

私は以前に千葉大学医学部附属病院で患者様のためのヴァイオリンコンサートをさせて頂きましたご縁で、この手話教室に参加させて頂きました。子供の頃よりヴァイオリンやピアノ、歌などの音楽に親しみ、現在も音楽に携わる仕事をしておりますが、「音」を感じることの難しい世界を少しでも学び、理解したいと思い受講させて頂きました。

私がこの手話教室で学んでいて、一番驚いたことは、手話も地域や人によって様々であるということでした。聴覚障害者のコミュニケーション方法は、筆談、空書、身振り、指文字、読話そして手話です。聴覚障害者の方たちの生活に必要な「音」を知るための手段は携帯受信機という機械です。しかし、生活の中では危険を察知するための音が沢山あります。鉄道情報は便利になり電子掲示板で知ることが出来ますが、緊急車両などは、色々な技術が発達した現在でも、即時に知ることは困難です。体験談の中には、「信号が青になって渡り始めたが、周囲の人が渡っていないと思ったら、救急車が目の前を横切った・・」など見た目が健常者と変わらないだけに周囲の人に気づいてもらいにくく、危ない目に遭う事も多いそうです。

最後に先生が大変良いことを仰いました。「何かを学んでいると必ず壁にぶつかります。でも他の人と比べないで下さい。少し前の自分自身を思い出し、その昔の自分と今の自分との成長を見比べ、諦めずに学び続けて下さい。」このお言葉は、人が生きている限り忘れてはいけない事だと感じました。毎日の小さな積み重ねで、将来の自分自身がどう成長できるのかということ、日々の生活の中で私自身が少し忘れかけていた心掛けで、この手話教室を通してまた新たな気持ちで、「何かを学び続けることの喜び」を感じながら、生きていきたいと思っております。