■ 会員便り

私のボランティア

M中 忠(登録会員)

2011年3月末の退職が迫った3月11日に東日本大震災が発生しました。退職後東北へボランティアに行くことを決め、受け入れ先を探し始めました。当時67歳でしたが、幸い仙台YWCAに拠点を置いて支援活動を開始していたJIFH(日本国際飢餓対策機構)に、受け入れて貰うことになりました。

4月中旬に寝袋、作業着等の他、指示された1週間分の食糧を携え、仙台に入りました。それから約40日間、支援物資倉庫での搬入搬出、石巻等の被災地へ支援物資の配布、住宅の瓦礫処理、泥出し等を行いました。5月末に一旦帰阪し、9月に再訪し、計2か月余り活動しました。その間JIFHが借り上げた仙台YWCAの2、3階フロアーで、多くのボランティアと寝食を共にしました。活動中は筋肉痛がとれず、肉体的にはかなりきつかったが、精神的には辛いものではなかった。それはボランティアの人達が優しく、また家や家族を津波で失いながらも強く生きて行こうとしている被災者の方々と接したことによると思います。例えば、自宅が津波で流されたのに、支援物資倉庫でボランティアをしていた女性、あるいは春に次いで秋に再会した若い男性は、10日間名古屋で仕事をした後、自動車で仙台に来て2、3日ボランティアしてまた名古屋に戻る生活を10数回も繰り返していました。私がこれまでの人生で経験したことのない、人の優しさ、奉仕の精神、そして生きる力等を教えられたボランティアでした。

地元大阪に帰った翌年から、前期のJIFHの大阪事務所でニュースレターの発送や海外の里子からの英文手紙の和訳 のボランティア、あるいは震災関連で、神戸の『人と防災未来センター』で展示解説のボランティア等を続けています。また健康維持を兼ね、毎朝ラジオ体操の前に近隣住民と共に公園の清掃が日課となっています。

退職、そして東北のボランティアから、その後の生活が変わりましたが、ボランティアは生活の一部になっています。


パネラ(有機栽培砂糖)

会員 黒澤信之(三井物産OB)

2013年4月からJICAボランティアとして、ペルー北部のピウラ州政府貿易観光局に籍をおき農産物輸出促進の仕事をしている。ペルーの国土は日本の3.4倍、南北海岸線は約3000km。隣のブラジルが巨大なので、ペルーが小さく映る。標高6000m級アンデス山脈のペルー側に、大河アマゾンの源がある。ピウラは南緯5度で赤道直下、年中日 差しが強い。>>続く


4月はじめに神戸市在住の匿名の方より国際交流ボランティア活動の支援にと、現金4 3万円に下記のお手紙を添えて当事業団に届きました。  

ご趣旨に沿って全額をラオス子どもの就学の夢を叶えるダルニー奨学金に“OOTANI YUKIKO MEMORIAL”のお名前で寄付させていただきました。これは現地の中学生14 人、3年間の就学資金になります。ご好意に厚くお礼申し上げますとともに、今後ますます 国際交流ボランティア活動に精進する所存でございます。

三井ボランティアネットワーク事業団 様

桜のたよりが各地から届く季節となりましたが、貴事業団におかれましては、益々御清祥のこととお喜び申し上げます。  

さて、突然のお便りで恐縮ですが、過日65歳になる主人が他界いたしました。 突然の別れに心の置き場所が定まらない日々ですが、思い起こしますと、現役時代には海外赴任も経験し、「現地の方に大変お世話になった、いつか御礼をしたい。」と折に触れて申しておりました。  

貴事業団では国際交流に関するボランティア活動の支援をなさっているとお聞きしましたので、その活動の一助になればと思い、いただきましたご香料を送金させていただきます。どうぞ故人の感謝の気持ちということで、ご受納下さい。  

貴事業団の益々の御発展を祈念しております。

(原文のまま転載)