■ 関西支部(大阪)/国際交流/同志社大学

「同志社大学留学生一対一交流」に参加して

稲富信博(登録会員)

私は武田薬品工業で働いていましたが、退職後にやりがいのあるボランティア活動をネットで調べていて三井V-Netを知りました。留学生との交流活動に応募し、登録してもらいました。ベトナムに旅行した時に若者達の希望に満ちた熱気を感じ、東南アジアの学生との交流を希望して2017年6月から活動を始めました。

私が交流することになった留学生は、ハノイ市出身のグエン・ゴック・タオさんです。タオさんは同志社大学で2011年に開設された、英語で授業を受けながら学位を取得できる国際教育インスティテュートの3年生です。将来は大学院に進み、国際機関で働きたいそうです。日本での生活費は、アルバイトをして自分で賄っている逞しい女子学生です。

同志社大学今出川キャンパス内のカフェで、毎回1時間半ほどの交流時間です。初回は私のハノイ旅行の感想などお互い話し易かったのですが、タオさんは日本語より英語の方が話し易そうなので、日本に住んでいて分からないことなどについて主に英語で話していました。彼女はハノイで日本語を習ってきており、ある程度の日常会話は出来ますが、助詞や敬語が特に難しいようです。しかし、日本にいる間に日本語が上手くなりたいというので、テキストを使って中級程度の日本語を教えています。いずれは日本語検定を受けたいというので、ネットで見つけた日本の歴史や習慣などに関する記事も読んだりして、理解を深めてもらえるようにしています。

会社を辞めると特に若い人と話す機会が無くなりますが、一対一交流を始めてから定期的に若い学生と会って話をする機会が出来て楽しいです。もうしばらく彼女との交流は続きますが、彼女の日本語が上達し、日本に関する理解をより深めてもらえるようにしていきたいと思っています。




「同志社大学留学生一対一交流」について

田山 博憲(三井不動産OB)

京都の旧三井家下鴨別邸の一般公開が昨年2016年10月1日からスタートしました。

当初は三井V-Netのボランティアとして登録していましたが、過去の経緯からスタッフとして従事することになり、現在も続いています。

留学生李さんと筆者(右側)

その一方で、三井V-Net からの紹介で「同志社大学留学生交流ボランティア」への登録をおこない、6月から活動を始めました。

自宅から歩いて20分程度の距離で、義祖母、姪っ子が同志社出身であることから昔から馴染みがありました。サラリーマン生活40余年の経験、京都における歴史、文化などの知識をどのように生かせるか楽しみがある反面、留学生に対しどのように応対し、いかに交流を図るか不安もありました。

留学生は中国ハルビン出身の李月(リユエ)さんで同志社大学マスター課程に在籍し、中国の大学時代に日本語を学んできたので普通の日常会話は不自由ありません。時々中国語を教えてもらうのですが、初め戸惑ったのは「田山」はtayamaと発音するのではなくtian syan と発音するように日本語とは漢字の発音が全く違うことでした。

会う場所は月2〜3回同志社大学内の喫茶店です。昔私が通っていた大学とは大きく異なりゆったりとして、きれいな建物ですので気分よく時間を過ごすことができます。

日本文化とりわけ京都の歴史・文化について話をして、夏に入り祇園祭、大文字の送り火、観光名所などを説明し京都に対する知識と理解をより深め、京都が好きになってもらうように心がけました。

彼女は就職の希望があるので、日本企業の概要、ビジネスマナー、就業規則などについて説明するために事前に資料を集めるのに本屋に行ったり、インターネットで検索したりしていろいろ勉強させられました。また中国関連企業の調査のためJETROに一緒に行き、企業調査のお手伝いもおこないました。

午前中に終わった時は、大学の学食で若い学生たちと一緒に安い料金の食事をするのも楽しみの一つです。

彼女がより日本を理解し、ますます日本が好きになり無事日本の良い会社に入社できることを期待し、もう少しの期間ですが役に立てればと思っております。


「中国」を教える?

神谷 周孝(登録会員)

「反日・抗日」教科書で今も教育されている中韓の若者に、 どう正しい「日本観」を理解してもらえるのかーーそれが 留学生の交流に参加した私の願いだった。戦争体験者どころか、戦後の「焼け跡」世代も徐々に消えて行く時代の流れ。 米軍の脱脂粉乳で飢えを癒し、平和の尊さを身をもって学んだ我々日本人の愚直な生き様(ざま)を一人でも知ってもら えたら・・との思いからだった。

路さん家族と筆者(右端)

中国の古都、洛陽近くで育った同志社大3回生の路君は日本語ぺらぺら、優秀で、将来性のある青年だ。ただ、学校で 書道を習ったこともなく、論語の孔子や孟子についても歴史 でしか学んでいない、と聞いて驚いた。多くの仏教寺院が破壊され「5千年の文化はどこへ行った?」と疑問を覚えた。 早速、路君への文化指導から始めた。京都・大覚寺での写経で般若心経を筆書きさせ、比叡山延暦寺で「千年の法灯」を見学させた。

筆者奥様と路さん

「2千年も前から日本は遣唐使などで中国の文化を必死に吸収し、それを守って来たんだよ」「論語や五経、大学などが江戸時代も寺子屋で子供たちに教えられた」。
 路君は感激した。日本のお年寄りから中国の文化、思想を学ぶとは思ってもいなかったようだ。正月には自宅で日本のおせち料理を一緒に味わった。 以前、飲食店の社長から「中国のバイトはミスしても絶対謝らず弁明ばかりする」と聞いていたのでぶつけると、 路君は「自分が不利になると仕事もクビになるから」と答えた。

両親が若い世代に起きた文化大革命で、知識人が紅衛兵に修正主義者と連行され、罪を認めた者は粛清されたという恐怖感が身についているようだ。また、13億社会で頭角を現すには能力も目立たなくてはならない。友人関係やゼミでも目立ちすぎて四面楚歌になることもある、と嘆いていた。目立たず、周りを絶えず気にする日本風土にも文化ショックを 受けて悩んだ時期もあった。「どうしたら日本の友達が出来るの?」と真剣な表情で聞かれた時は、古いけど与謝野鉄幹の「人を恋うる歌」を教えた。「友を選ばば書を読みて六分の侠気、四分の熱」と。勉学に熱心で自分のために侠気を出してくれるのが本当の友だ。路君は「侠気」をノートパソコンで調べて、うなずいた。

ご両親が京都に遊びに来られた時も一緒に食事をしたが、まだ40代の若さで、路君は私の孫ほどの年齢だ。「一人っ子政策」で一粒種を日本に送って仕送りを続けるご両親の期待と不安が、中国語の通訳(路君)付きながら痛いほどわかった。

今後、路君は就職の準備活動に入る。政治問題も尖閣、南沙諸島も十分、お互いに議論しなければならない。北朝鮮の核問題、韓国の慰安婦、中国の抗日宣伝などから日本政府の右傾化も心配され、事態はますます複雑に流動しつつある。 国際社会に通用する有能な人材としてどう育ってくれるのか? 定年後の老人に出来ることは限られている。今後の挫折を慰めるだけかも知れない。一緒に世の不条理に涙を流すだけかもわからない。でも日本のこうした留学生交流が心の支えになった、「じいちゃん」は好き、日本も好き、と中国の「孫」に思われたら本望ではないか。


“中国人留学生の支援”

黒澤 信之(三井物産OB)

いつも微笑みを浮かべ優し気な表情の留学生!新緑がさわやかな五月晴れの京都今出川キャンパスで初めてお目にかかった時の印象だ。揚子江の河口から130kmほど 上流に位置する町、流行歌でも謡われる無錫から来日中の留学生 繆(ミョウテイテイ)さん。

来日する前、中国の大学で日本語を専攻しただけにさすが日本語力は非常に高い。彼女は、本年4月から同志社大学商学部修士課程で国際金融を専攻している。好奇心が旺盛で、国内各地を訪れ、紅葉の飛騨「白川郷」にも足を延ばした。急こう配屋根の合掌造り、郷土料理「飛騨牛」も堪能したそうだ。異国の旅先での経験は格別だ。私自身、さんの年代に、ドイツ各地を訪ね、土地独特の良き思い出は、今でも心に深く刻まれている。

同志社大学今出川校地正門

ご本人の要望もあり、専攻研究テーマ「国際金融」に関係するキーワードを日経新聞、週刊東洋経済、英国週刊誌エコノミストの記事から選び、私が解説しながら会話を進める。仮想通貨、ビットコイン、フィンテック、スマホ決済など。最近の金融界を取り巻く状況変化は速く目覚ましく、10年後の金融状況を想像するのは難しい。仮想通貨ビットコインは既存の通貨と違って、巨大なサーバーを持たず、「ブロックチェーン」という各個人所有のPCを活用する。既存の金融機関経由より格段に安く送金できるのでアフリカ、新興国で需要が増大中だ。今後普及が進み認知度が向上したら、日本のコンビニで誰でも簡単にネット買物代金などを仮想通貨でスマホ決済できる日が来るかもしれぬ。

就職は日本企業をご希望なので、日本語の表現力、特に文章作成力の向上を目指している。今年の5月に初めてお会いしたとき、すでに口語表現力は、自然で素晴らしいものでした。今後、同意語辞典も活用し語彙を増やし、表現力を磨くよう強くお勧めしている。