〜あの留学生は今〜

「あの留学生は今」

2019年4月より韓国から来日した交換留学生「キム ジュン」さんとの交流を担当させてもらいました。一年ほどの短い期間でしたが、卒業後も私の家族を含めて交流が続いています。三井V-Netホームページで卒業された元留学生の方々に日本での学生生活や交流模様そして卒業後の進路や現在の生活状況等についての寄稿文を「あの留学生は今」と題して特集していることをキムさんに伝えたところ、寄稿文を寄せてくれましたので紹介させていただきます。

横浜国大部会会員 坂本 健(三井物産OB)

横浜国大留学・三井V-Netの思い出 キムジユン

私は、2019年の4月から2020年の2月まで、約一年間横浜国立大学に交換留学をしました。もともと、日本語と日本文学専攻で、日本へ留学するのが人生第一の夢でした。自分の日本語能力を向上させてJLPT(日本語能力試験)1級に合格することと、韓国ではできなかったさまざまな外国での生活を楽しむことを目標としていました。

留学直後に横国大にいらっしゃる韓国人の金先生に三井V-Netというプログラムを紹介してもらいました。その時は今よりも日本語が下手でしたので、授業の課題を手伝ってもらおうと喜んで申し込みをしました。会社を引退した方々で構成されている組織だと聞いて、もしかして韓国人に対して悪い感情とか、偏見を持つ方だったらどうしようと小さな心配がありました。しかし、実際にお会いしてみると、亡くなった祖父と再会した感じで、坂本さんも私を孫娘として考えていただきました。そのおかげで勉強以外の日常生活でもいいろ助けていただきました。

2019年一緒に留学したセジョン大学生たちの写真です。学長主催留学生歓迎会 観月会にて

たとえば、学校の課題がない時でも毎週1回横国大の図書館にあるカフェで会って、自分の個人的な勉強の面倒を見ていただいたり、留学生活の辛さと悩みなどを真面目に聞いていただいたりしました。特に、坂本さんはアメリカ勤務の経験のある方で、外国生活の難しさを誰よりも理解していただきました。私は韓国で部活を一度もやったことがないので、韓国では未経験の部活を日本で初めて体験してみようと思いました。もちろん、最初のうちはバタバタしていました。聞き取り能力と日本人とのコミュニケーション能力をアップするつもりで演劇部に入り照明を担当しましたが、無事に劇を上演するためには、日本語の上達が先行されるべきでした。そのために日本の中学校国語教科書でさまざまな作品を坂本さんと一緒に読み始めました。その結果、日本語能力も部員との関係もだんだん良くなって、秋の公演ではパンフレットに自分の名前を載せてもらえました。

ついにJLPT1級にも合格しました。春の私は、短い話もちゃんと言えない初級者でしたが、坂本さんのサポートで一年もたたないうちに長い文章も読めるようになっていました。

当時勉強した中学校教科書と私の名前が載ったパンフレットの一部です。

留学生向けの日本語教室は6つのクラスに分かれていて、秋学期には500クラス(上から2番目、N1相当)に進級できました。そこで日本文学を学び始め、太宰治とか芥川龍之介などの名作に触れることができました。自分の能力だけでは理解しにくかった語彙(ごい)や文法は坂本さんに優しく一から十まで説明していただきました。 

また、帰国後日本近代文学の講座をとりましたが、すでに作者の名前になじみがあり、戸惑いもなくまとめの発表ができました。

日本語総合という授業では日本の住宅様式、おやつ(せんべい)などをテーマとして発表したりしました。その準備のため、ハウジングプラザで日本家屋を見学し、資料を集めたり、またさまざまなせんべいを買ってきて発表後に友達と食べたりして、1対1交流を通じて幅広く日本の日常生活を体験することもできました。

ハウジングプラザに伺ったとき、資料になった「床の間」と、太宰治の「斜陽」を学ぶとき、坂本さんに励みでいただいた太宰のカステラです。

私は三井V-Net主催の行事にもたくさん参加しました。この三井V-Netの行事は日本文化、体験活動および工場見学に分けられると思います。

日本文化の面では、歌舞伎教室、文楽を観劇しました。

江戸時代の歴史を興味深く味わい、三味線の美しさを現場で感じられました。帰国後、韓国の大学の授業で専門的に「能」、「歌舞伎」、「人形浄瑠璃」を学ぶとき、実際に劇場にいって目の前で鑑賞した経験が非常に役立ったことは言うまでもありません。能楽堂の公演が台風で中止されたことは今でも残念です。

歌舞伎の俳優さんが留学生向けの優しい日本語で歌舞伎について説明しています。

ただ見るだけにとどまらず、実際に体験できたこともあります。それが日本のお茶に関する茶道でした。振り返ってみると私が「和菓子」を好きになったきっかけかもしれません。足がしびれた記憶ばかりですが、茶碗を90度ぐらい回し、正面を避けてから飲むルール一つだけは頭に残っています。「着物着付け教室」も楽しいものでした。着物を着てみると、日本の「奥様」になったような気がしたのも不思議です。

和服を着てから奥さんになった私。古民家園、見学の楽しい思い出です。
茶道体験時の思い出です。

帰国後、就活に有益だったのは企業見学です。多様な企業を訪問しましたが、三井V-Netの行事で伺った「JFE Steel」、「ヤマト運輸」が印象的でした。「JFE Steel」では安全を第一と考える日本独特の精神を感じた経験でもあります。黒板に無事故の日々を記録し、毎日社員たちが見つけた改善点を書く欄があって、自分が自分の作業について考えながら働く環境でした。事務所から工場までいくバスに乗る時、従業員がドアの前に出て、頭を下げて「ご安全に」という挨拶をしてくれたのも強く印象に残りました。自分の同僚を大切にする気持ちがよく伝えられていました。これが日本のビズネス精神だと心を打ちました。

安全のため、JFE Steelで保護帽を被った姿です。右の写真はヤマト運輸のマスコットの黒猫ちゃんです。

「ヤマト運輸」にとって、自動的に物を分類する作業は極めて重要な工程でした。さらに最先端技術を活かし、コスト削減と正確性の確保を図っていることが印象的でした。山間地では路線バスの活用、顧客不在による再配達の回避策として宅急便ロッカーの導入などを実施し、コスト削減とサービスの維持を図ることに感動しました。

坂本さんと二人で個人的に見学できた工場もあります。

一つ目は「日産自動車」です。もともとは三井V-Netの主催で行われた行事でしたが、私は都合が悪くて参加できませんでした。そのため坂本さんが個人的に連れていってくれました。今でも記憶に残っているのは、日産の工場でお会いしたかなり年配の管理職の姿と、作業分野別に分かれて工員たちが仕事をしていた様子です。そこで驚いたのはある一つのラインでミスが発生すると、そのライン全体の作業が停止になることでした。作業一つ一つが連携されていて、多少の利益を犠牲にしても安全なものを作り出すという企業の精神が光りました。

二つ目は「味の素」です。「うま味」という言葉の意味をしっかり教えてもらう機会となりました。アミノ酸を軸として「うま味」を第五の味として確立したのは同社です。品質にこだわり、食習慣や健康課題の解決に注力している意気込みを感じました。「うま味」の発見を創業の基礎として、”EAT WELL, LIVE WELL”を創業以来の企業理念としていました。

味の素のパンダちゃんと一緒にブイをしてみました。日産車の持ち主になったふりをしています。

こうした行事が終わった後に、他国から日本に来た留学生たちと一緒に食事をするチャンスもありました。坂本さんは宗教の理由で食べ物に制限がある留学生に配慮して、みんなが食べられるようなレストランを選び、留学生一人一人全員を大切にしていただきました。

他国の留学生とおいしい食事をしながら、日本の生活または異文化についての多様な意見を交わすことができました。

歌舞伎のあと新宿三井クラブでご馳走になりました。

坂本さんのご家族も参加して食事をしたこともあります。ある留学生は韓国人である私の日本語能力をうらやましがったのですが、私は逆にその人たちの英語能力に感嘆しました。

坂本さんは言うまでもありませんが、特にお嬢様は流暢(りゅうちょう)な英語、韓ドラで学んだ韓国語の聞き取りもできて非常に憧れました。

帰国する直前には坂本さんのご自宅に招待されて、きれいな器とネックレスなど別れのお贈り物をたくさんいただき、お心遣いに心が癒されました。私の好みに合わせてお寿司のような新鮮な食べ物をごちそうにもなりました。いずれにしても忘れられない思い出です。

日本でのさまざまな経験は、自分一人では全くできなかったことです。三井V-Netの支援のおかげです。いろいろな企業を訪問しながら、積み重なった経験と知識は大学卒業後、就活に活かされてエントリーシートの“養分”になりました。おかげさまで現在日系銀行の契約職員として働いています。韓国にある外銀では契約社員から始め正社員に移行します。

日本での最後の日、空港で坂本さんから電話をもらった時、私が、私たちの縁は続けたいので、お別れのさよならは言えませんって言ったように、2022年の今も2019年と同じく週一回ズームで連絡を取っています。時々それぞれの特産品などを贈りあい、日本で結ばれた縁を続けています。

最後に、留学生のために惜しみないサポートをしていただいた三井V-Netのご支援に心から感謝いたします。国境を越えて、受け入れていただきましてありがとうございました。親しかった日本人国大生が韓国に興味を持っていますので、帰国後彼女の韓国語の勉強を手伝っています。これは日本でしてもらったことへのささやかな恩返しになればと思っています。コロナが収まったら、また日本に行けるよう強く願っています。

以上


「留学時代の交流の思い出」

キム・テウン

“Welcome walk”

初めまして。私は2016年4月から翌年1月末まで横浜国立大学の世宗大学交換学生プログラムに参加した韓国のキム・テウンと申します。

日本に留学を決めたのは、勉強はもちろん多様な日本文化を経験したいと考えたからでした。来日後すぐに、大学と三井V-Netの“Welcome walk”に仲間と参加しました。ボランティアの方々の案内で各国の留学生と桜木町から中華街まで横浜の新旧の名所を一緒に歩きながら、いろんな話ができてとても感動しました。今でも赤レンガ倉庫、開港記念館、大桟橋、山下公園、中華街の記憶が鮮明に思い出されます。その後まもなく伊藤さん(=アナナさん:ご家庭と横国大でのニックネームです)が私の担当パートナーに決まり、以後さまざまな三井V-Netのイベント例えばJAL整備工場、日産自動車工場の見学、着物着付け体験やアナナさん独自の企画(大相撲稽古見学、三井住友海上オーケストラ演奏会、三渓園散策など)に参加して貴重な経験ができて本当に楽しく過ごしました。

そして、毎週の日本語授業に一緒に出席いただき、日本語の勉強と共にいろんなテーマについて話し合いとプレゼンの訓練ができました。日本語を勉強しながら各国の留学生の考えと自分の考えを共有することがとても興味深かったです。留学生活の当初は、有意義な生活ができるか不安でしたが、各国の留学生、世宗の同僚、先生、ボランティアさんのおかげで不安は間もなく消えて、充実した日々を無事に終えることができました。私は幸いソウルの日系企業に就職し、いつか日本で働きたいと思って頑張っています。留学生活は思い出す度に幸せな気分と、肯定的なエネルギーを与えてくれる、私の大学生活の中で忘れられない得難い体験でした。

修了パーティー

交流を通しヘルプしてくださったアナナさんと五年以上過ぎた今も、LINEではありますが交流ができていて、とてもうれしく思います。本当にありがとうございます。コロナの影響は韓国、日本だけではなく全世界がまだまだ安心できませんが、一緒に乗り越えて、再び留学時代の友達や、先生、アナナさんに会いに行きたいです。その時はどうぞ宜しくお願い致します。

2021年9月 中秋の夜  キム・テウン


キム・テウンさんに原稿を依頼したところ快く引き受けてくれました。ほぼ完璧な文章で「てにをは」を二三修正した程度で原文をそのまま提出しました。

Welcome walkの写真で伊藤の隣がテウンさんです。

‘テウン コマッスムニダ’

交流担当パートナー 横浜国大部会
   伊藤 明彦(三井住友海上OB)


近況 − 王さんのこと

2021年9月

東大柏部会 中沢幹雄(商船三井ロジスティクスOB)

3年前まで交流していた中国からの留学生の王さんとは時折連絡があったが、9月初めにメールが入り、現在の会社(造船会社のゴミ焼却プラント部門に勤務)は、やはり一生の仕事としては違和感があり10月より東京のコンサルティング会社に勤務することになったとの報告でした。大学院卒業時にいくつかのコンサルティング会社を受けたが残念ながら合格の知らせはもらえなかった。そこで今回は再度の挑戦だったそうです。

私は、「それは良かった。合格オメデトウ。では、改めて就職祝いをしよう」ということで9月中旬に日比谷公園で会い、公園内のガーデンテラスのレストランで乾杯をしました。
とは言っても緊急事態宣言の時期、ノン・アルコールビールでの乾杯であった。

昔話として日比谷から築地方面には道路に都電が走っていてことなどを説明したら、「それ路面電車ですね」と今では多くの言葉を覚え、そこには中国からの留学生の面影はなく完全に日本人サラリーマンになっていたのには驚きでした。

中国にいる高校教員をしている両親も来年には定年だそうで、「一度、両親を東京に呼びたい」と語っていたその姿は昔の日本の苦学生が両親への感謝の想いを投影しているようであった。厳しい環境のコンサルティング会社で王さんは、大変な苦労をすると思うが、不屈の精神で頑張って行くことを祈りたい。


あの留学生は今:Ms. Bettina Gnaegi/スイスからの交換留学生

横浜国大部会

佐々木 隆雄(日本製鋼所OB)

彼女(Bettinaと呼んでいました)は、2010年10月〜2011年9月の1年間横浜国立大学(YNU)に交換留学生として在籍(2011年8月初めには帰国)していました。ベルン大学/スイス生物学(Biology)専攻、来日時にはすでに学部修了、1年YNUに在籍した後は修士課程に進学することになっていました。

「あの留学生は今」の企画に寄稿しようと思いすぐ浮かんだのは彼女でした。私は2008年4月に三井V-Netに登録、横浜国大部会に入会、最初の交流はドイツからの女子留学生で半年、続いてUKからの男子留学生1年、そしてイタリアからの男子留学生半年と経験を積んで彼女は4人目の交流パートナーでした。交流期間中東日本大震災があったこと、アウトドア活動では同時期在籍していて横浜国大部会員との交流を希望しなかったドイツからの2人の女子留学生も一緒で複数の留学生との交流を体験できたこと、彼女は伝統芸能にも関心があり、まず能を鑑賞したいとの希望でさっそく横須賀劇場で公演中の能舞台を見ましたが、歌舞伎、文楽に加えて能についても知識を深めていくきっかけを与えてくれたこと等々新しい体験ができたせいか彼女との交流は思い出深いものでした。

2010年10月末に自己紹介を兼ね交流をどのように進めるかについて話し合いました。その10月29日には生物の多様性に関する条約参加国によるCOP10の会議が名古屋であり名古屋議定書が採択され条約の公正かつ強制力のある実施メカニズムが策定されていました。すでに人類存続のためには、地球規模での温暖化への対応と生物多様性の保全が重要であること常識となっていたこともあり、この最初の面談で確か「種、遺伝子、生態系」の三つについての継続性が伴う保存、利害調節、分配等の大切さを熱心に説明してくれた彼女の顔が環境保護について考えるとき、また他の人と話すときに浮かんでくることも彼女に原稿を依頼したもう一つの理由と言えそうです。

彼女は、1年の留学生生活を終えいったん帰国、学業を全うし再来日し、色々な経験をしました。今は故郷スイス/ベルンに戻り就職、仕事にはやりがいを感じているようです。彼女の日本での思い出話一読いただけたら幸いです。

和訳は私がしました。和訳に当たっては、複数ある相応単語からの選択、文章内でのキーワードの位置は私の感覚で決めました。彼女の考えているニュアンンスとの違いが少ないことを願うばかりです。

以上

2010年11月 逗子海岸流鏑馬見学2013年6月スイス/ベルンにて

>>Memories of living in Japan(留学生からの寄稿文)



あの留学生は今

駒澤大学部会 会員

最上 徹(日本製鋼所OB)

すべては活舌トレーニングから

あめんぼ あかいな あいうえお
かきのき くりのき かきくけこ
、、、、、、 ,、、、、、、 、、、、、、、、、
わいわい わっしょい わいうえを >>続く


新ビジネスの基盤づくりで超多忙

2021年4月

東大柏部会 大竹晋(三井物産OB)

香港理工大出身の顧潔(ジェシカ)さんとは、2013年5月から彼女が東大籍を離れた一昨年10月まで、実に7年もつづく長い一対一交流でした。新領域創生科学研究科に在籍し、2017年9月に博士号を取得、ポスドクを経て離日後は上海に拠点を構えました。ところが、コロナ騒ぎで事情が一変、現在は北京の実家に滞在しています。 >>続く


2021年3月

東大部会 白井則子

昨年4月、新型コロナウイルスの脅威が世界に拡大し日本も緊急事態宣言下の暗い雰囲気に覆われていました。三井V-Net (以下V-Net)の活動も全て中止になり、寂しく感じていた頃、タイに帰国した留学生ギッグさんから連絡をもらいました。シニアの私たちそして日本の状況を気遣っての優しい便りでした。 >>続く


「あの留学生は今」

駒澤大部会 会員 高橋由美子

2010年4月に駒澤大学に留学生として来日した朱慧さんと交流をすることができ、今も交流を続けていることから、今回の企画を伝えたところ、朱慧さんの今を寄稿してくれました。 >>続く


卒業留学生たちは今

2021年2月
一橋大部会 武内克彦(三井物産OB)

私が一橋大部会で交流した学生は、一人を除いて消息は分かっていますが、コロナの関係でこのところほとんど連絡はとっていません。 わかっている範囲で彼らの近況をご報告します。 >>続く


交流相手同士が結婚

2021年2月
東大柏部会 大格登(東洋エンジニアリングOB)

今年元旦のうれしいニュースは2019年12月に東大柏で博士号を取得して、現在は上海の某大学で研究生活をしている趙思嘉さんからメールが届いて、家内への病気見舞いとともに、本年2月夏一鳴君と結婚する予定だと知らせてくれたことです。 >>続く


あの留学生は今

駒澤大学部会 会員 高橋由美子

2020年に続き2021年も各大学とも留学生を受け入れることができず三井V-Netの活動もなかなか軌道に乗らない今、既に卒業した留学生の心の中で私たち三井V-Netがどのような位置をしめているか、またその後彼らはどうしているのか。>>続く


あの留学生は今

駒澤大学部会 会員 高橋由美子

2011年4月、中国華東師範大学から駒澤大学に留学生の湯(トウ)ブンさん(女性)が来たときには、彼女はお化粧もしていなくて純朴そうな学生さんでした。 >>続く


あの留学生は今

駒澤大学部会 会員
横山 美代子(三井物産OG)

2015年に駒澤大学に留学してきたフランス人ジェニファーヴィダルさんのことを書いてみたいと思います。 >>続く


赤い結婚式

2021年2月4日

東大部会 北脇泰登(三井物産OB)

2014年7月から2015年9月の東京大学大学院卒業まで、FACEの紹介で、中国珠海市出身の卓展韜様と楽しく一対一交流をしました。2015年10月に彼は中国へ帰国して、就職をした後も交流を続け、珠海に夫婦で何度か訪問をしていました。 >>続く